2009年11月06日

斉藤一人さんの話と、植物と水の話

今日はちょっとだけ、もしかしたら
ちょっと変な話、と思うかもしれないお話をしようと思います。


斉藤一人さんの「千年たってもいい話」というCDを、最近聴きました。

その中に、一人さんがHな本を買うお話があって
これがすごく面白かったのですが、
今日はその話ではなくて、別のお話です。(笑)

天国と地獄についての話。


この世では罪にならないけれど、あの世で罪になることがあるそうです。
それは、『無関心の罪』です。

例えば自分の家の隣に、障害者の施設を立てる計画ができたとします。
別に、何か病気がうつるわけではありません。
でも、施設の建設に反対する人がします。

どうしてか。

自分の家族に、障害者がいないから。
自分には、関係ないから。

です。


何か困っている人を見かけても、助けようとしないのも
自分には、関係ないから
かもしれません。


そして、この話を聴いて、朝のゴミ拾いをしながら、思いました。

道に、タバコの吸殻や、ゴミを捨てるのも
無関心だからなんじゃないかなぁ。

自分以外のことに、関心がないから
ゴミを捨てたりできるのかなぁって。



ここでちょっと話がそれるのですが、
少し前に思ったことがあります。


東京の道端で、排気ガスをたくさんあびながら
花を咲かせている木を見て

この子は、植えられる場所も自分で選べないし
何かを話すことも、そこから動くこともできないのに

愚痴も言わずに、贅沢も言わずに、
ただその場所で自分にできることをしているなぁ。

懸命に生きているなぁ。


私には、足があって、自分で行く場所を決めることができる。
これから私は、この足で、どこに向かうのだろう。

贅沢を言う前に、この木みたいに、
今自分にできることを、精一杯しているかな?


そんな感じのことです。


植物は、ただそこに存在すること自体に感謝して

私たち生きるものに必要な、酸素を作ってくれて

かといって、偉ぶるわけでもなくて


でもその足元には、吸殻やゴミが落ちていたり
隠すようにして、空き缶が捨ててあったり


つまりはちょっと、悲しくなっちゃったんですよね。
恩返ししても良いくらいなのに。。。



ゴミを拾えないことなんて、よくあるし、
そういうことを言いたいんじゃないんですよ。


せめて植物に、「ありがとう」って
みんなが時々でも、言うことができたら、
植物は嬉しいんじゃないかなって。

だって、別に誰かに褒めてもらうためにしていることじゃなくても
「ありがとう」って言われたら、私だったら嬉しいですもん。

だからきっと植物も、同じなんじゃないかと思います☆



そして同じように、
水にも感謝したいなって思うんです。

これはある本からの受け売りなのですが

水は、自分たちが汚れて、私たちの汚れを流してくれます。

誰だって、自分が汚れるのなんて、好きじゃないと思うんですよね。
でも水は、それをしてくれているんですよね。


雨になって水を供給してくれているのも水だし
私たちの体の70%以上も水です。

(ちなみに50%を切ると、人は生きられないそうです)


だから、植物や水と一緒に生きられたら
それだけでも私たちは幸せなんだと思います。(*^^*)


そんなわけで、心の中ででも良いので、
ときどきでも「いつもありがとう」って
これからも言いたいなぁって思います。


今日も長い日記をお読みくださり、ありがとうございました(*^^*)


だんだん(ありがとう)v


ひなぎく
posted by きく at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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